ドミニク・レステルの「肉食の哲学」を読みました。
著者:ドミニク・レステル
発行日:2020年6月30日
翻訳:大辻都
発行所:株式会社左右社
1.超大まかな内容
第1章は、本文の中で筆者が言う「ベジタリアン」とはどういうベジタリアンのことなのか、その定義付けがされています。
第2章は、歴史的にみて、過去にどんな人がどのようにベジタリアンを推奨してきたのか、その理由などが書かれています。ここでは筆者の立場への言及はほぼ関係なく、ベジタリアンというものの歴史が書かれているという感じです。
第3章は、倫理的ベジタリアンの考え方に対して筆者が感じる違和感やそれに対する意見、そしてその根拠が書かれています。
第4章は、倫理的肉食者を支持する筆者の意見、そして政治的ベジタリアンに対する意見も書かれています。
第5章は、まとめとして倫理的ベジタリアンへの意見と、筆者が最も良いと思う肉食との向き合い方が書かれています。
2.学べること
・ベジタリアンの人がベジタリアンである理由、どのような種類があるのか
・過去にベジタリアンを推奨してきた人がどんな理由で推奨していたのか、どのくらい影響があったのか
・倫理的ベジタリアンの考え方
・筆者が倫理的ベジタリアンの考え方を否定する理由
-殺すことと殺されることについて
-動物の苦しみについて
-差別者という認識について
・ベジタリアンからの反論に対する反論
・筆者が"倫理的肉食者"になることを支持しているその理由
3.感じたこと
・読み始めたとき(第1章)、難しい言葉がいくつか出てきて、読みづらい本だと思いましたが、読み進めていくとそれほど難しいわけでもなかったです。(普段本を読まない私でもけっこう理解できるくらい)
・過去にベジタリアンを推奨していた人の中には、推奨する理由がイマイチな人もいました。(私はそう感じました)
・動物は死なないことを望んでいるなどと言えるかどうか
と書かれていました。
→動物の気持ちを確実に読み取ることはできないので、実際どうか断言はできません。
しかし、屠殺場の映像を見ると、動物が逃げるような行動を見せたり、嫌がっているような行動をしてしたりしているように私には見えます。
(YouTubeで見ることができる、屠殺の様子をとらえた「Dominion」という映画を見て、特にそう感じました。)dominion youtube - Bing video
それは少なくともそのときに、その動物が殺されることは望んでいないと解釈できると思います。
・殺すことと殺されることは自然の一部であり
と書いてありました。
→肉食動物の肉食と人間の肉食は違うと思います。人間は動物にそのまま噛みついたりしません。
それどころか、自分で食べる肉を自分で確保するということすらしません。見知らぬ人に殺させて、焼けば食べられるという状態のものを手に入れて食べます。
屠殺場が多くある場所では、精神的な病気になる人が多いと聞いたことがあります。
肉を食べる人のために動物を次々に殺し、人が精神的な病気になるリスクが高まっているということが考えられます。
それは、動物を殺していると同時に、見知らぬ誰かの人生も奪っているかもしれないということです。
自分で食べる肉を自分で確保するのなら、私はいいと思います。
現在の仕組みはそういう仕組みではないし、問題が起きているから、この現状をおかしいと思います。
・動物を食うより野菜から栄養を得るほうが害が少ないと考えるのならば、一匹の昆虫は、一頭の牡牛より重要性において劣ると考えていることになる
と書かれていました。
→それは一部の人は違うと思いました。
確かに私も植物も命であるし、気持ちのようなものがある可能性があると思います。
しかし、肉を食べるより植物を食べた方が奪われる命が少ないということは明らかです。
なぜなら、例えば映画「Cowspiracy」によると、牛肉1kgを生産するのに、穀物11kgが必要になるそうです。
つまり、牛肉を1kg消費することは、植物11kgを消費していることと同じになります。それをもし植物でとることができれば、植物1kgの消費で済むわけです。1/11です。
植物の消費量が少ない分、殺される草や奪われる昆虫の命が少ないでしょう。
またベジタリアンの方の中には一部、そもそも食べ物の食べる量を減らしている人もいると思います。
・ベジタリアンの考えのひとつに、動物を苦しめてはいけないというものがある。肉食者にそれをやめさせることは、ある種の苦しみを与えることになる。
と書かれていました。
→確かに、肉を食べることに大きな快楽を感じる人はいると思います。
ただ、それに伴って動物も、その動物を殺す人も苦しんでいる可能性が高いと考えます。
それを踏まえると、肉を食べられないことによって感じる苦しみは、その人が肉を食べることによる苦しみより小さいのではないでしょうか。
それで仮に大きかったとしても、他の動物や人が苦しみを感じている可能性があるなら、他人に殺させるのではやく食べる人が自ら動物を殺すべきだと思います。
他人に苦しみを与えて、自分が大きな快楽を得るという状況は、悲惨すぎると思います。
・肉を食うことが倫理的に咎められる反面ら相当数の動物が今も捕食で生きており、われわれ自身もこうした狩猟のおかげで生き延びてきた面があることは確信している。
と書いてありました。
→狩猟のおかげで生き延びてきたことは否定しません。
確かにそういう時代もあったと思います。
でも今はどうでしょう。
本当に殺さないと生きていけないでしょうか。
ベジタリアンやヴィーガンといわれる方がいるので、そうではないことが分かります。
肉を食べないと生き延びれなかった時代があったからといって、肉を食べなくてもいい今の時代に、肉を食べることを肯定することにはならないと思います。
この点でも、自分が食べる分は自分で殺すという狩猟と、他人に殺させるという現代の工場型畜産の違いがあることから、同じとは言えないと思います。
・徹底したベジタリアンがが真底満足する唯一の方法は、地上のあらゆる動物的な生を消滅させることだろう。
と書かれていました。
→倫理的ベジタリアンの一部の人が、肉食動物が肉を食べることまで否定したのかどうかは分かりませんが、そうだとしたら、私もそれはおかしいと思います。
・80ページくらいから難しい部分が出てくるので、よく読む必要がありました。
・肉を食わないことで状況を変えようと考えるのはナイーヴすぎる。
→確かに、本当に状況を変えたいと思っているなら、肉を食べないことよりもっとすべきことがあるのかもしれないと思いました。
・倫理的肉食者の態度の方が状況をすばやく改善できるという利点を持っている。
→確かに、少数の人がヴィーガンになるよりも、多数の人が肉を食べる頻度を少なくした方が効果はありそうだとも思います。
4.まとめ
ヴィーガンであるからこそ、むしろこの本はとても読みたくなりました。
読んでみると、筆者の立場に少し驚きましたが、学びのある本でした。
肉食と環境問題との関わりが話題に上がるようになってきている中で、「肉食」というものについて時間をかけて考えることは大切だと思います。
この本は、肉食について考えるうえで役立つ本だと思います。
では、お聴きいただきありがとうございました!